2012年01月11日

自分史 6

中2の後半に久志祥吾の耳たぶの面白さにいじられキャラとして最初にそれを見出したのが俺だった。



ダブリンというあだなで呼ばれるようになる。




ダブリンは高校でフィーバーした。稀にみる逸材だった。






ゆうくんとダブリンは仲良しだった。相性がバツグンで中3になると麻雀メンツの荻を除くメンバーと一緒のクラスになった。




修学旅行で鹿児島と長崎に行った。



自由行動で観光名所でもなんでもない無縁仏とか火葬場みたいなところに滝連太郎の詩かなんかの水洗式トイレじゃないところで、前日に土産物屋で幸運のペンダントを身につけていた義人が階段で転んで試合に負けたボクサーみたいになった。



修学旅行の思い出の感想を文集に義人が幸運のペンダントを身につけていたのに階段で転んで試合に負けたボクサーみたいだったって書いた。




中学時代は割と楽しかったのでよく笑っていた。



中学終わっても高校もまた近い。



ただ、進路をもっと真剣に母親が中卒どまりじゃなかったら普通科以外の高校を選んでいたと思う。



どんな高校があるのか、どんな科目があるのか、そういうことを親と話さなかったし、高校の種類とかを知らなかった。



家から近いだけで選んで失敗だった。



思い出として良くても普通科には何もないし、特進科も大学進学しないと意味がない。



農業とか商業の方がまだ役に立つはずだ。



いまさら言っても遅い。




なんかいつもタイミングが悪い。





過去は戻らないし、立ち止まっても時間は過ぎていく。



受け入れて前に進んで、これから先のことを立ち止まって考えるより行動した方が良い。



親も姉も嫌いだ、だけど自分の力でなんとかしたい。
posted by 宅録 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/245543420

この記事へのトラックバック